ルナの壮絶な人生&4度にも及ぶ蘇生劇そして最後の日!

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今日午前3時15分ルナが人生を全うしました。

もうこれ以上は自宅の治療はムリだと思った反面、
わたしが今まで行った応急措置が、
間違いではなかったとを、
ルナから教わった気がします。

熱中症で症状が肝臓と腎臓、
そして心臓まで及んで変な呼吸をしていた中でも、
わたしが必死に保冷と体温の調節を繰り返し、
危篤状態から何度も蘇生してくれたルナ。

最初は父も母も一切協力してくれないどころか、
わたしがこうしてほしいと言っても、
あんたの犬だからとほっとろかしで、
そんなもの何にもならないと怒鳴られる毎日。

皮膚病の時もアロマオイルを買うたびに、
父に怒鳴りつけられるし、
少し良くなったと思っても、
全く良くならないじゃないかと、
さんざん言われ続けたし、
アロマは効果が弱いからと、
使おうともしなかったけど、
皮膚病にいいという天然素材を、
あれこれと試してみたところ、
皮膚病の炎症もかゆみも治り、
ほっとしていたところに、
熱中症という恐怖の悪魔に襲われて、
短い人生ではあったけど、
わたしにたくさんの宝物をくれたね。

この病院は日曜日もやっているから、
早くルナを連れて行こうといっても、
もう少し様子を見ようと、
病院に連れて行くが遅れてしまったのも、
大きなダメージになってしまいました。

その時も一人孤独の中で、
応急処置をする日々でしたが、
わたしがやることなすことすべて、
猛反対で激怒するどころか、
無知がゆえの絶対に、
やってはいけないことをしろと、
させようとしたりで思わず、
わたしは「ルナを殺す気なの?」と、
怒鳴ったのが昨日の事。

ずっと部屋の閉じ込めて可哀そうだろと、
大激怒されるしおまえは頭が狂っていると、
ルナのケアは一切手伝ってくれず、
あまりの過酷で私一人にかかる重圧で、
私の方が死にそうだと思いました。

それでも手作りの回候補精液で、
死にそうな中で何度も蘇生を繰り返してきたルナ。

もうこれが最後という時、
ルナがわたしにしがみついてきたと思ったら、
回候補精液を必死に飲ませたら、
また元気になったと思ったら、
自由が利かない体で私のベッドの上で、
すぐに私のところまで這ってきて、
かわいい笑顔を見せてくれたし、
その時は泣きながらよくここまで、
復活してくれたねと泣きながらありがとうと、
行ったと思ったら数分後には危篤状態に。
戻ってきて必死に回候補精液を飲ませたけど、
ごはんが受け付けられずけこう無理に食べさせ、
でも肝機能に負担がと思うと、
豆乳とパンプキンスープを混ぜたものを、
食べさせてばかりいてやせてしまったこともあり、
缶詰にさらに回候補膵液を混ぜて、
そのたびに立たせてのどに詰まらないようにと、
身体をさすってきたけど体への負担は、
相当あったのだと思います。

それでも悲しい顔一つせずに、
ずっと私に笑顔を見せてくれていたルナ。

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もう駄目だと思った時もあきらめずに、
応急処置を繰り返していたのですが、
水分不足によるハアハアと、
低体温による気管支炎の症状がよく似ていて、
今どちらの症状なのかは区別がつきにくくて、
母が心配して部屋に入ってきたら、
あんたこれは気管支炎の症状だからと、
急いで毛布をかけてやったら、
また呼吸が落ち着いてきた。

でも自分も少しは寝ないと、
ルナを守れないと思って、
ウトウトするとまた症状が出て、
わたしの方が先に死にそうな感じがしたよ。

ルナにとってもそれはとても辛い事なので、
これ以上私が苦しみ嘆くのを見たくないと、
自分で命の選択をしたのだと思います。

病院で点滴を打ったとたんに、
体調が悪くなったと説明された。

点滴は元気を取り戻すと信じてきたけど、
ルナが死んでしまった後、
点滴について調べたところ、
体力かなり弱っているときに、
解熱剤を併用して使うと、
かえって悪化してしまうので、
使わないほうがいいと書いてあった。

これにはがく然としてしまった。

病院に運ばれた時のルナの体温は39.9℃と、
もう命の保証はないと言われました。

朝はルナに気管支炎の症状を和らげる、
アロマオイルラバンジンと、
色々な効能が満載の竹酢液と、
万能オイルのニームオイルで、
気管支炎の症状を抑えるために、
これらのオイルをかなり薄めて、
ルナのあごと首周りに塗ってみたところ、
症状がかなり改善してきて、
わたしもびっくりと言うか、
着けた時はとにかくいろいろと効くからと、
とっさに塗ったんだけどあとで調べたら、
気管支炎の症状が緩和されると書いてあって、
もう驚きと感動で心が躍りました。

それでも自分がやることすべて裏目に出てばかり。

自信喪失と正常な精神状態でない中、
母に部屋をこんなに水で汚してと、
ものすごく怒られる毎日。

ルナのことより部屋が汚れることを心配してっと、
かなり頭に来たことばかり。

そんな死にそうな精神状態のわたしを見て、
もうわたしはいいから、
PIKOさんが死ぬのだけは絶対やめてと、
ルナは神様と取引をしたのだと思います。

ちょっと私がいないと不安になるルナに、
一人で病院で過ごさせるのは、
ルナの精神的なダメージが大きいと思うと、
入院は避けたかったというのもあり、
ギリギリまで自宅で療養させたかったの。

でももしずっと自宅で療養したとしても、
あの時病院に連れて行っていれば、
助かったかもしれないと後悔していたでしょう。

今回は今までとは違う、
動物高度医療センターに行ってきました。

昨日は先生が何度も父あてに、
何度も電話をくれたのですが、
この時はルナも落ち着いていたので、
無視し続けていたのですが、
今日は担当医が山梨に行って、
ずっと帰ってこないと言われました。

先生がせっかく何度も電話をくださったのに、
応対せずにいたら夜中に体調が急変して、
必死の思いで連絡をとったのですが、
前日の診察の会計でうちはもうお金がないので、
治療費が払えないと言ってしまったので、
それじゃ薬での治療でということになり、
先生ももう治療の意思はないなと思って、
山梨に出かけて行ってしまったのでしょうね。

今まで治療の後もし状態が急変したら、
夜中でも早朝でもご連絡くださいと、
言っていただいたのですが・・・

わたしがクレジットカードが使えるからと、
父に説得したのにそれも拒否。

その時お金がないからと言っていたのに、
今日はクレジットカードでの支払いにして、
お金を払っていたのを見ると、
すごく悔しくてたまらない。

わたしがいくら熱中症は恐ろしいスピードで、
身体をむしばんでいくからといっても、
じゃあおまえが治療費を払えと言われるし。

普段から父がルナに冷たいと、
よくケンカをしていた。

最近は特に毎日のように、
両親特に父と毎日ケンカが続いていたの。

ルナもそれがすごく悲しかったんだと思う。

今日のルナの最後の日に、
やっと家族の心が一つになり、
ルナのためにできることをすべてやって、
やっと家族で心を一つにすることができました。

前の動物病院では免疫療法と、
自然治癒力を施していただいたので、
その時に入院していた方が、
身体に優しい治療をしていただけたと思います。

これがルナからの最後の命がけの、
家族へのプレゼントでした。

こんなに人間以上に、
人の気持ちを理解して、
わたしを心から信頼してくれた犬は、
他にはいないなと思うと、
悔しくて悲しくてたまらないけど。

あの屈託のない笑顔はこのブログと、
わたしがお散歩にたくさん撮った、
ルナの写真が残っています。

デコアルバムにしたりもしていたけど、
今ルナといる時間を最優先したいと、
最近は休んでいたけど、
またルナのデコアルバムを作って、
飾りたいと思います。

やっぱり薬の大量使用は怖いなと、
ルナが教えてくれました。

わたしがやった応急処置方法は、
すべて皮膚病の時に買いそろえた、
薬効効果のあるアロマオイルでした。

もうほとんどなくなっていて、
ラバンジンも昨日最後の一滴を、
水で薄めて使ったんだけど、
それでも効果があったので、
今日はいつもうがい液に使っている、
竹酢液とラバンジンが入っていることを思い出し、
大急ぎでルナののど周りにつけて、
驚くほど症状は落ち着きました。

なので気管支炎の事は何も言われませんでした。

そういえばルナがいつも扇風機の前で、
いつも冬のおふとんに寝転がっていたのも、
お腹が冷えるのを防いでいたのだなと、
振り返って思い出すと思い当たることがある。

あんなに毛が生え茂っているのに、
ルナは前のクロほどは足が暖かくないなと。

コスモドクターには温熱シートがあり、
コスモドクターで全身の細胞を元気にしながら、
全身の体温を上げるために、
温熱シートを使うのですが、
ルナはかえって暑いだろうと思って、
全然やってやらなかったの。

これをやってあげるべきだったなと思うとね。

もっと若いころから内臓がかなり弱かったんだね。

皮膚病を最初見つけた時、
凍傷の症状だと思ってカイロや、
カーペットを敷いてやったら、
大喜びではしゃぎながらゴロンとしていたので、
親がハスキーがカイロだって?
次はカーペットだってと、
父に相当怒られましたが、
雨の日はカーペットをしまわないといけないので、
内臓が弱いルナには相当こたえたでしょうね。

カーペットと毛布じゃ寒すぎて、
凍えそうだったんでしょうね。

一生懸命にいいと思ったことを、
ルナにやってきたことは、
絶対に間違いじゃないと、
確信させてくれたルナには、
感謝してもしきれないです。

救えなかった命だけど、
わたしと母はお金がない中色々と、
ルナのためにあれこれ買ってやったし、
それを大喜びで食べるルナの、
キラキラとした瞳は世界一の幸せな笑顔でした。

みんなてっきりハスキーは、
寒さに強いと思いこんでいたけど、
体温がすごく低い子もいるんだなと、
思い込みは怖いなと思わされました。

それでも家族みんな貧乏ながらも、
ルナだけにはセレブのような生活をさせてきた。

もう熱中症になりかけてげんなりの、
母とわたしをよそに元気いっぱいに、
外で走り回るルナを見て、
とてもハスキーとは思えないと、
びっくりとさせたルナだけど、
体内では知らず知らずに、
損傷がひどかったのだと思います。

犬は自分の身体の危険には気が付かないよね。

お庭が大好きでちょっと元気になると、
すぐに庭に出て行ってしまうからね。

かといって四六時中部屋の中で過ごさせるのは、
あまりにもかわいそうだからと、
時々外に出してしまうんだけど、
今年は緊急事態級の熱波で、
クーラーも効かなかったり、
設定をこまめに変えてもなんとか効く程度、
こんなに過酷な暑さは今までなかったの。

もう静岡で犬を飼う自信がないよ。

ハスキーじゃなくても生きていけないよ。

この先ルナが生きていたとしても、
お散歩はとてもさせられないし、
ルナにはさらに過酷な生活が待っていると思う。

寝たきりでも生きてほしかったのが本音だけど、
ルナを守り切る自信は全くない。

紫外線対策乳酸菌を飲ませてはいたけど、
毎日だと味が飽きるみたいで食べてくれないし、
グルメちゃんのルナだもんね。

どっちみち救えなかった命だったと思うけど、
過酷な環境でよくここまで生き抜いてくれたなと、
ルナの壮絶な死闘人生に頭が下がります。

わたしねなかなか言えなかったんだけど、
わたしね創価学会の会員なんだけど、
ずっと何年もどうしても、
勤行とお題目ができなかったの。

もう10年以上。

今回ルナのことでやっと奮起して、
たくさんのお題目があがったの。

もうかつてない必死のお題目を上げたよ。

ルナにもご本尊を見せながら。

仏壇とかもないからと、
先輩に何度も仏壇を置くように言われたけど、
もし仏壇があったら、
ルナにご本尊を見せてやれなかったなと今思うの。

創価学会の指導の中で、
いつも池田大作先生がおしゃっていたのが、
「一人の人間革命がやがて地域・国・
世界をも変えていく

いつも汚い散らかり放題のわたしのお部屋に、
すっ飛んでくると思ったら、
ルナはまっすぐにどこかを見ているなと思ったら、
ご本尊様を見ていたんだなと今気が付いたの。

ルナのおかげで信心を狂い起こさせることができ、
最後に家族との団結もできて、
ルナこそ私の信心のそして人生の、
師匠だなと確信しました。

こんな素晴らしいそしてかわいい犬は、
もう他に出てこないと決め、
犬を飼うのはこれで最後にしたいと思います。

持久力自慢のルナだもん、
部屋にこもっている事こそ、
苦痛でならない辛い事だと思うの。

いっぱい歩いたから、
これからはゆっくりと休んでね。

ちょっと動物園に行ったときなんか、
もうずっとあっていなかったかのように、
わたしが帰ってくると心配したよと、
異常なくらい飛びついてきたからね。

もうほんのちょっといないと体調を壊すんじゃ、
おちおち出かけられないと思ったけど、
色々なイベントに出かけてしまったから、
能天気そうですごくストレスがあったんだと思う。

ルナのために急いで回候補膵液を買いに行って
戻ってきた時にはもう呼吸困難状態。

慌ててルナに買ってきた、
回候補膵液を3本飲ませたら、
みるみる息を吹き返して、
ホッとしていると苦しい中で、
すぐに私の元へはってきたの

もう感動して涙が止まらなかったよ。

もうたぶん4回くらいこれを繰り返してきて、
そのたびるルナと抱き合って、
泣きながらいっぱいほめて、
こんなことを繰り返して、
ルナの身体はボロボロだったのだと思います。

ルナに創価学会の最も大事な、
「南無妙法蓮華経は蘇るという事だよ、
みんながルナちゃんが蘇りますようにって、
お題目を唱えて応援してくれているよ。」と、
今までに自分が体験したたくさんの、
人生で学んだことを伝え続けた。

わたしはねずっと生きる希望を失って、
もう生きているのが辛いと思っていたの。」

でもルナちゃんが来て生きる希望が生まれ、
この子にたくさんの思い出を作ってあげたいと、
硬く決意したのがほんの7年と半年前。

輝かんばかりの美しさに、
母が一目ぼれをしたのが縁で、
わが家にやってきた。

ルナと出会ったときは、
そんなにかわいい顔とは思わなかったけど、
年々と言うか5歳を過ぎたころから、
とびっきり魅力的な瞳になっていて、
こんなかわいい瞳わたしも欲しいなと、
憧れるほどの輝く瞳に変わっていた!

わたしとの本当の絆が、
確固なものとなったころからかな。

年を重ねるほど絆が強くなるなんて、
残酷だなと思う日々だったよ。

もしあと10年長生きしていたら、
ルナを失った時わたしの精神状態は、
修復不可能なくらいの悲しみに、
トンネルを抜けられなかったと思うの。

一応は熱中症の悪化のために亡くなったけど、
これが直接な原因ではなくて、
今まで私のために生きようと、
必死に私のためにいつもそばにいてくれて、
わたしを奮い立たせるために、
かなり無理をしていたのだと、
最後の最後で口から吐血が、
どくどくと出てきて止まらなかったのを見て、
胸が詰まり苦しくなってきたよ。

お散歩の時も私はもう帰ろうと言っても、
ルナの方がもっともっと歩きたいと、
ぐんぐんと引っ張っていくから、
ついそうさせてしまったのも、
わたしの管理の甘さだったのかもしれない。

でもいつも楽しそうにしているから、
こんなに苦しかったとは思わなかったの。

そういえばわが家に来た頃は、
歩く事も全くできなかったけど、
フランクフルトを見せながら、
少しずつ歩く練習をして、
やっと歩けるようになって、
足を鍛えようとたくさんお散歩したよね。

母に無理をさせてはだめと、
さんざん注意されたけど、
ルナといると疲れを忘れて、
気が付けばたくさん歩いていたな。

ルナ本人も楽しんでいるみたいだしと、
あの笑顔からは過酷な毎日とは、
とても思わなかったよ。

そういえば最初のころは、
持久力がなくてすぐに道路に座りこんだな。

親にあんたの方が犬みたいねとよく言われたよ。

それが気が付けば私よりずっと持久力があって、
大丈夫とこちらが心配になるほどだったよ。

すごい快進撃だなと思ったけど、
もともとがひ弱な体だったので、
限界が早く来てしまったんだろうね。

ペットショップでも、
ハスキーとしては小さめですと言われた。

ルナが小さめだったから、
わたしでも扱えたんだよね、

でもどんどん大きくなってきて、
どこが小さめと思ったよ。

地域の創価学会員が私を訪問するときは、
必ずルナがすっ飛んで行って、
わたしより真剣にじっと、
創価学会のご指導をうんうんと、
うなづきながら聞いていたルナ。

母はいつもルナはそれはそれは美しい、
弥勒菩薩様のようだと言っていました。

いえいえ魅力菩薩様でしょ?

なんてジョークを言っていたのが思い出す。

創価学会の人間革命という小説には、
必ずこの言葉が記載されている。

「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする。—

ルナの場合は犬革命とか、
ワンワン革命と言ったほうがいい?

いえいえあなたこそ本物の日蓮大聖人の使いです。

最後の日の前日はわたしがたくさんの、
学会の指導を語りルナに感謝の言葉と、
たくさんのハグをして言いたいことは、
すべて語りきることができて、
本当に後悔の無いお別れをしたと思っています。

最後は結局併用してはいけない、
解熱剤を使っての治療という事で、
点滴を打った途端に様態が急変しましたと、
平然として話す医療チームの姿に、
優しさも愛情も全く感じませんでした。

もし狐ヶ崎動物病院で点滴を打って、
治療していたらルナへの身体の負担は、
少なかったのかもしれないけど、
助かる見込みは保証できませんと言われました。

でもうちにはおかねがもうそこを付き、
治療費が払えないと父が言うと、
じゃあおくすりでの治療にしましょうかと、
なんの説明もなく渡されたけど、
飲ませれも効果は感じなかったけど、
ルナが病院に通ってから、
8日間も生きてくれていた。

普通だったらその日に即死のと言われた。

最終的には安楽死みたいな形になったけど、
もう病院に来る前からいつもトイレにしている、
裏庭にすごく行きたがったので、
庭に出したら丸1日クーラーのある、
わたしの部屋には入ってこなくて、
置いてあった水も全く飲んでいなくて、
危険を感じて急いで部屋に入れようとすると、
すごく抵抗するしすぐに外に出て行ってしまって。

でもその前に皮膚病が治ったと同時に、
何年も前によく言ったお散歩コースを、
立て続けに行きたがるとの。

わたしの方はすっかり忘れていたのに、
ルナは1度行っただけの場所を覚えていて、
今日はここに行こう今日はこちに行こうと、
毎日前に行ったところばかり行こうとするので、
もうこのころからルナの命のカウントダウンは、
すでに始まっていたのだと思いの。

最後に思い出の場所に行きたかったんだと、
今思うともうすでにこのころからルナの方が、
死を決めていたのだと思うよ。

車で出かけるときはいつも、
静岡県立美術館に来ると、
キャンキャンとはしゃぐので、
ルナにとって1番好きな場所が、
静岡県立美術館前だったんだね。

ジャスコではお母さんが必ずルナに、
ソフトクリームとじゃがりこか、
おすしを買ってもらって、
大はしゃぎだったけど、
ルナはみんなとお弁当を食べるのが、
一番好きな時間だったんだろうね。

芝生に来ると芝生に座るのが大好きな私は、
ルナにもゆったりとお散歩することの楽しさを、
いつも共有できたとと思います。

歩くだけが散歩じゃなくて、
穏やかな自然の中で、
のんびりとお散歩することも大切と語ったの。

それからはいつも芝生を見ると、
ゴロンとなるルナ。

芝生の中で幸せそうに笑うルナの、
くったくのない満面の笑顔に、
たくさんの人がほれ込み、
たくさんの人に笑顔を送り続けたルナ。

わたしよりルナの方が目立つから、
わたしは脇役と思っていたけど、
ルナはいつも私に命の輝きを与えてくれた。

太っているし顔もどこにもいるタイプだけど、
ルナのおかげでわたしが持つ、
命の輝きを輝かすことができました。

創価学会の指導の中で、
どれだけの人を幸せにしたかというのが、
仏法に置いて最も肝心かなめの指針であり、
仏法者として最高の勲章ですとの指導があった。

ルナは行く先々でかわいいと、
ルナが通るとどこへ行っても、
人が大勢集まってきたよ。

目の前に他にもかわいいわんちゃんがいるのに、
いつもみんなルナにばかりに寄ってきて、
ちょっと申し訳なく思っていたけど、
いつもルナを輝かせ続けていたのは、
このわたしだったんだなと今気が付いたよ。

いつもルナが主役だからと、
ほめられているのはいつもルナだと思っていたの。

わんちゃん素晴らしい笑顔ねと、
言われたと思ったら、
この笑顔は飼い主さんがいいからだねと、
言われていたことがあったな。

でもお世辞だと思っていたよ。

本当はペットショップで処分される運命か、
ブリーダーに売り飛ばされて、
子供を無理やり生ませられたりして
最後に身体がボロボロになって処分されたのかも。

こういう運命の動物が、
殺処分うよりも1番かわいそうだと、
聞いたたことがあります。

ルナは美人さんだから、
きっと繁殖に使われて、
最後に身体がボロボロになって、
最後殺処分に回されていたのだと思います。

ルナもどうせボロボロの身体になるなら、
わたしに生きる喜びを与えて、
身体がボロボロになるまで生き抜こうと、
決意していたのでしょう。

そういう意味では繁殖に使われた母犬の、
悲惨な苦しみを与えずに生きて行けたのは、
本当によかったと思います。

何年か前にブリーダーのおじさんが、
車に乗っているルナを見て、
「見事な美しさのハスキーだ、
で子供は生んだのと熱心に聞いてきて、
避妊sぢたから子供はいないというと、
これだったら1000万円はくだらない、
1500万で売れるかもしれないと、
ルナからなかなか離れなかったよ。

どんなに高額で売れたとしても、
ルナは絶対に売ることはできないと、
強く決意を固めたのでした。

小さい心臓でわたしのために、
一生けん命にそして壮絶な一生を、
ビュンビュンとかけぬけたたルナに、
いくら感謝しても感謝しきれない。

きっと今頃は先代の甲斐犬クロが、
ルナをかけっこに誘って、
2匹で思いっきりかけっこをしている事でしょう。

運動能力抜群のクロの事を聞いていて、
きっとわたしだってもっとすごい犬にと、
すごく負けん気が強いルナだもん、
きっと一生懸命に変身をしようと、
常日頃思っていたたんだろうね。

亡くなった後でルナに、
もっと長生きしてほしかったのにと話しかけたら、
「もう疲れたよ」という声が聞こえれ来たよ。

「うんうん、いいよわかったよ。
ごめんねとわたしは答えた。

最後の死の瞬間までお題目をあげたけど、
もうルナが最後を硬く決めていたので、
一生懸命に蘇生を」試みたけど、
いいと思ってやったことがどんどんと、
裏目に出て1日中ルナを診ないと、
ルナが死んでしまうと思うと、
1分1秒も眠ることができないけど、
もう胸が切り裂かれる思いでしたが、
わたしが倒れたらルナを守れないと思って、
どうしようもなく最後は、
高度ペット医療センターにお願いしたものの、
かなり厳しい状況で肝臓と腎臓はボロボロで、
かなり数値が悪い上にその影響は、
心臓にもかなりの損傷がひどく、
もう息を引き取るところですと連絡が。

それでも車で家族と急いで向かい、
わたしが車の中でずっとお題目をあげて、
30分かかる道のりを急いだけど、
それまでずっとわたしたちを待ってくれていて、
思ったよりはずいぶんと長いこと息があって、
だったら最後の望みを信じてお題目を上げたけど、
面会に来た家族の中に、
わたしがいなかったのを確認して、
あっという間に息を引き取りました。

亡骸を引きとって1日わたしのお部屋に置いて、
更にいっぱい話しかけていざ火葬と言う日も、
ルナにいっぱい感謝の気持ちを伝え、
最後にわたしと家族を守ってねと言って、
ルナとの楽しいお散歩ライフは終了しました。

死んだ後もその翌日も、
毛並みも光り輝いていて、
生きているかのように、
光り輝いていていた毛を見て、
ルナは心からいい人生だったと、
思って逝ったのだと確信しました。

病院の人が死んだ後も全く硬直することなく、
美しい姿のままの姿に驚いていました。

父が火葬場にルナの遺体を持って行く時、
体もずっと柔らかかったと驚いていました。

ルナに生き抜く力と決してあきらめない事を、
教えてもらったと確信しました。

自分がどうしてもできなかった、
生き抜こうとする生命力と、
たとえ1%の可能性だとしても、
最後まであきらめない事を教えてくれたルナ。

ルナの方が偉いよと思わず言っていた私。

ルナこそ私に信心を教えてくれた、
信心の師匠であり同士だったのだなと、
今更ながら気が付く事が出来ました。

今後は動物の持つ不思議な能力や、
自然の持つパワーなどについて、
書いていきたいと思います。

書いても書いても、
ルナへの感謝の気持ちは、
どこまでも尽きることがありません。


もしよかったら新しいLUNACHANDIARYに、
ちょこっと遊びに来てください。

最後にわが家に来た頃のルナと、
最近撮ったルナの写真を載せて、
いったんLUNACHANDIARYでの、
ルナの日記は幕を閉じます。

最後の姿はわたしと家族だけで、
眺めようと思います。



 
皮膚病がわかったころのルナ。

このころは身体からひどい悪臭が漂っていて、
あんなにきれいだったのに、
こんなに真っ暗になってと思ったけど、
自分なりにいろいろと調べて、
皮膚病だと思ったけど、
本当はこのころにはもう、
ガンの末期だったのかもしれません。

皮膚病も皮膚がんも、
医者でも区別が難しいそいで、
高い検査費を払って検査することがほとんど。

フードを無添加を使ってはいても、
大好きなジャーキーを毎日父からもらっていたし、
ほとんど人間用のフードを与えていたので、
内臓はかなりダメージを受けていたのだと思う。

でもたとえドッグフードだけ食べて、
長生きしたとしても、
犬には楽しみがないないからと、
まさかガンにはならないだろうと、
思っていたのですが検査をすると、
もうひどい状況でした。

それを覚悟でルナに人間用のごはんを食べさせ、
食べる楽しみを与えてやりたいと、
いつも家族のおかずにはルナの分も作っていた。

肝硬変にもなっていたんだろうと思います。

ルナのお尻からは胆汁がとめどなく流れ出て、
これが末期まで進むとひどいかゆみが出るので、
かゆみを抑える薬を飲むだけになりますが、
皮膚病でかゆみに苦しんだ後で、
さらに強いかゆみで苦しむのは、
可哀そうすぎると思ったけど、
かゆみの症状は一切出ることがなく、
人生を全うしたのでホッとしています。

ルナってのんきでいい身分だなと思っていたけど、
ルナは必死に

わたしたち家族が仲良くなることを願い、
自分の身体を使って団結することを、
必死に教えてくれました。

最後の最後にルナのために、
団結して動けた事に、
ルナも満足の笑顔で笑っている事でしょう。

今年の猛暑はハスキーじゃなくても、
命の危険にさらされ続けられ、
生きて行くのがやっとだったのに、
ルナの元気さには驚いたけど、
ルナの方がご本尊様と、
命の駆け引きをしたのだと思います。

ルナを一生懸命に蘇生して、
起こしたと思ったらまた倒れてしまい、
そやっと起こした時に、
かすかに命の駆け引きという声が聞こえてきて、
あわててそれは待ってと叫んだけど、
もうこの日には死を覚悟していたのでしょう。

空にひときわ大きな金星が、
やけにキラキラ輝いていると思ったら、
あれがルナの魂なんだなと感じたよ。

ルナはたとえ長生きしたとしても、
せいぜいあと10年もないので、
それだったらわたしたち家族を、
永遠に守っていく道を選んだのだなと思いました。
ルナを連れて買い物に行ったとき、
すぐ後ろにシルバーの犬の後姿が見えたよ。

きっとルナもスーパーまでついてきたんだね。

スーパーであれをこれをルナにと、
ウキウキしながら店内を回っているシーンばかり、
脳裏に浮かんできてよけいに辛かったよ。

ちょっと短い生涯だったけど、
思い出がいっぱい濃縮された、
濃い一生だったと確信できました。
わたしがブログを書いていると、
ルナも楽しみなようで、
ルナがああだこうだと書いていると、

後ろでククッと笑っているような声が、
よく聞こえてきたよ。

妄想という人もいるかもしれないけど、
いつもルナにたくさん話しかけていると、
ルナもそれを理解していると思える、
表情でにこにこした横顔はもう絶対、
会話を理解していると確信したよ。

ったくルナったらさ~とか書いている、
わたしの後姿がルナは大好きだったんだなぁ。

犬はしゃべらないけど、
心の声が聞こえてくるの。

ルナ!今までいつもわたしのそばにいてくれて、
本当に本当にありがとうね。

 


この写真はわたしが大好きな写真の1枚だけど、
今から見ると強い日差しに、
目が辛そうだなと思えてくる。

この蒸し暑い日本で本当によく頑張ったなと、
わたしには見えたけど、
この写真を撮ったころは、
この写真が笑っているように見えたけど、
今思うともう毎日日差しを浴びない日はないので、
毎日のお散歩でルナの身体は、
徐々に痛められていったんだなと思ったよ。

最後の1週間で浴びた日差しとしても、
あまりにも傷み具合がひどいなと思ったよ。

タイトルのルナの蘇生劇とありましたが、
本当は死の前日の日には、
もうとっくに死んでいたというか、
最後の死相だったと思います。
死ぬまでの間に身体がどんどんと、
壊れて行く過程の中で、
ルナは蘇生したように何度も、
その死相を私に見せながら、
息絶えたのだなと思ったの。

わたしもこれ以上こんなことをしていたら、
ルナの身体がボロボロになるのが辛く、
プロの高度医療センターに、
一筋の希望を託したのですが、
専門の医療機関でさえ、
助けられるのはその半分だと、
色々なネットの情報でも書いてあった。

でも最後の最後にわたしと二人だけで、
死闘の駆け引きを繰り広げたルナの、
強靭な生命力には驚かされた。

ぽわ~んとした真ん丸な顔からは、
これほどの精神的なt強さがあったなんて、
想像できなかったよ。

人もわんこも見かけによらないもんだね。

こう見えてすごく気が強いので、
父によるといかにも悪そうで性格が悪そうな犬が、
こちらに向かってきてケンカを仕掛けてきた時、
ルナはその犬を一撃で倒して、
向こうの犬が尻尾を巻いて逃げたとか。

ルナと散歩している時、
いつもルナは自信たっぷりに、
力強く足を上げて振り上げて歩くなと思ったら、
わたしには愛してくれる人がいるという、
自身に包まれての内面からの、
命の輝きだったのですね。

午前3時15分最後のお別れをしてから、
すぐにブログの記事を書いたんだけど、
今思ったんだけど315は、
わたしの名前だと今気が付いたよ。

最後の最後までわたしの事を思いながら、
死んでいったのだと思うと、
涙がとめどなくあふれてきたよ。

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